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現行の大学入試制度をわざわざ改革する必要がないと思う3つの理由

大学入試制度改革
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こんにちは、信長(@nobunaga_ydb)です。

今、大学入試は大きな転換点を迎えています。

たとえば、

  • センター試験が廃止され、大学入学共通テストに変わる
  • ペーパーテストだけの画一的な評価方式から、面接や課外活動も含めた多面的な評価方式に変わる
  • 英語の試験が、「話す」「書く」ことも含めた4技能方式に変わる

などが挙げられますね。

 

なぜこのような流れになっているかというと、現行の大学入試制度に欠陥があると思われているからです。

 

東大を出た文部科学省のおっさんたちが、

 

知識を問うだけの受け身なペーパーテスト方式の大学入試制度じゃ、グローバルで活躍できる人材は生まれない!

知識を活用し、多様な人物と協力しながら課題解決できる人材を生み出すためにも、現行の大学入試を改革するのじゃ~!

とブチ切れて、このような事態が起きているのです。

 

けど、僕は現行の大学入試制度にそこまで大きな欠陥があるとは思いません。

ていうか、根本的に変える必要がないと思っています。

 

というわけで今回の記事では、「現行の大学入試制度をわざわざ改革する必要がないと思う3つの理由」について解説していこうと思います!

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現行の大学入試制度をわざわざ改革する必要がないと思う3つの理由

僕は、大学入試改革に対して懐疑的な見方をしています。

というのも、改革によって、現行の大学入試制度のメリットが失われる可能性が非常に高いからです。

ここからは、現行の大学入試制度の具体的に優れている点をふまえて、現行の大学入試制度をわざわざ改革する必要がない理由を3つ、順番に解説していきます。

 

現行の大学入試制度は公平だから

今の大学入試ってめちゃくちゃ公平なんですよ。

だって、試験は当日の一発勝負だし、同じ受験生が同じ問題を同じ時間に解いて、それで合否が判断されるんですよ。

こんな公平なシステム、ぶっちゃけほかにないじゃないですか。

 

しかも、家が貧乏だろうが金持ちだろうが、都会に住んでようが田舎に住んでようが、顔がイケメンだろうがブサメンだろうが、進学校に通っていようがヤンキー校に通っていようが、そんなことは入試にまったく考慮されないんですよ。

 

おい。

どしたん?

家が金持ちだったら塾に行かせてもらえるし、都会に住んでいれば塾もたくさんあるし、そっちの方が断然有利だろ。

全然公平じゃねーよ。

 

確かに、家が裕福だったり、都会に住んでいたりすれば、教育にかけてもらえるお金が多かったり、塾の選択肢がたくさんあったりするという点で、アドバンテージがあるかもしれません。

しかし、「家が裕福で、都会に住んでいるので多くの塾に通って授業を受けられる」=「一生懸命勉強して、大学入試に合格する」とは限らないですよね。

 

大阪とか東京にある医学部専門予備校を見てくださいよ。

親が開業医で、年間何百万円も予備校代を払ってもらっているのに、全然勉強せずに浪人を繰り返している医学部多浪スパイラル野郎がうじゃうじゃいるじゃないですか。

なので、「家が金持ちのほうが~、とか、都会に住んでいる方ほうが~」みたいな議論をしても、大学入試制度の公平性は大きく揺らがないと思います。

 

話がそれましたが、現行の大学入試は極めて公平なシステムであるにもかかわらず、新しい大学入試制度に移行すれば、不公平なシステムに変わる可能性があります。

 

たとえば、センター試験に代わって始まる大学入学共通テストの英語では、英検やTOEICやTOEFLなどの8種類の民間試験が導入されることになっています。

けれど、この8種類の民間試験、目的形式実施日会場受験料もすべてバラバラなんです。

たとえば、TOEICはビジネスマン向けの試験であり、TOEFLは留学希望者向けの試験です。

TOEICの受験料は7810円ですが、TOEFLの受験料は245ドル(2~3万円)です。

英検は全都道府県で受けられますが、TOEICやTOEFLは受けられる地域が限られています。

 

「同じ日に同じ受験生が同じ問題を同じ時間で解く」という公平性、どこに行ったんですか?

しかもこのシステムだったら、家が裕福で都会に住んでいる受験生のほうが、民間試験の選択肢も幅広くなるじゃないですか。

 

文部科学省のおっさん、聞いてますか?

これ、何のために導入したのですか?

 

結局、得するのは試験の業者だけやん。

本来は受験生のための試験なのに。

 

(2019年11月3日追記:結局、英語の民間試験の導入は延期になりました。そりゃそうやん。)

(2021年6月27日追記:結局、英語の民間試験の導入は断念になりました。そりゃそうやん。)

 

現行の大学入試は客観的な評価基準があるから

現行の大学入試は、客観的な評価基準があります。

たとえば、センター試験はすべてマークシート方式なので、必然的に答えは1つに決まりますよね。

また、二次試験だって、採点基準が決められており、その基準に基づいて客観的に採点されています。

 

しかし、今後、大学入試の選抜方法はそういったペーパーテストの結果だけでなく、人物の評価も含むことになっています。

※一部の大学では、推薦入試やAO入試などで「人物評価型の選抜方法」がすでに導入されています。

 

果たしてその選抜方法で、受験生を客観的に評価できるのでしょうか?

 

僕は断言できるのですが、人物の評価って、100%客観的にできないんですよ。

評価する側の主観が確実に入りますし、そもそも人物を客観的に評価するにはかなりの時間を要します。

少なくとも、現状考えられている「人物評価型の選抜方法」では、人物を100%客観的に評価することは不可能なんです。

 

もしAO入試や推薦入試などの「人物評価型の入試」の比率が今後どんどん高まっていけば、一般入試に向けて真面目にコツコツ努力する人が報われなくなる可能性があります。

だって、学力がないのに小手先の課外活動でAO入試に合格する人がいる一方で、彼らよりも学力が高いのに、一般入試で落ちる人がいるなんて、やっぱりおかしいじゃないですか。

それだったら、合否結果に100%納得できる一般入試だけで選抜したほうが合理的です。

 

その一般入試ですら、今後は「面接、ディベート、集団討論」などの人物評価が含まれようとしている現状があります。

 

 

でもさ、いろんな選抜方法があるほうが、多様な人物を入学させられるんじゃね?

 

確かに彼の言うとおり、一般入試だけでなく、推薦入試やAO入試などの選抜方法もあったほうが、多種多様な人物が入学するのは事実です。

けれど、これは理念上の話であって、実情は大きく異なると思うんですよ。

 

「人物評価型の選抜方法」の本来の目的は、「英語は全然できないけど、理数系はめちゃくちゃ得意で、高校時代に多くの科学コンテストで優勝した」みたいな人を入学させることにあったはずです。

つまり、「尖った人物の選抜」です。

けれど、現状の「人物評価型の選抜方法」は、「一般入試を突破するのが難しい人が、小手先のテクニックでその大学に合格するための抜け道」に成り下がっています。

 

東大京大みたいなめちゃくちゃ尖った推薦入試を導入するならOKですが、小手先のテクニックで入学できてしまうような「客観性のない人物評価型の選抜方法」は今後増やすべきではないですし、むしろ無くすべきです。

 

現行のAO入試や推薦入試は今後、今述べたような「学力不問」批判を受けて、学力も重視する方針に変更されましたが、それでも「人物評価」が中心である以上、曖昧さは払拭されないので、「焼け石に水」になりそうです。

 

現行の大学入試は、正しく努力さえすればだれでも結果が出せるから

現行の大学入試は、正しく努力さえすれば、だれでも結果が出せます

たとえば、英語。

別の記事でも書きましたが、現行の「英語」は、地道に単語を覚えて、文法を学んで、英文を読み書きすれば、努力が報われる科目なんです。

関連記事 大学受験において英語を得意科目にするべき3つの理由

 

しかし、これからの英語では、「話す」能力が問われるようになります。

正直、英語を「話す」ことって、努力ではどうにもならない部分が多いです。

そもそも日本に住んでいれば、日常で英語を話すことはほぼ皆無ですし、学校の授業でスピーキングの機会が増えたとしても、たかが知れています。

もし日本人でスピーキング能力を伸ばしたいなら、幼い頃から英会話教室に通ったり、海外に住んだりする必要があります。

しかし、だれにでもそのようなスピーキングの機会が平等に与えられているわけではありません。

また、日本人がスピーキング能力を磨く努力をしても、「文法」や「語い」の面は伸ばすことができるかもしれませんが、「発音」や「流ちょうさ」の面を伸ばすのは至難の業です。

 

繰り返しますが、英語を「話す」能力は、英語を「読む」「聞く」「書く」能力と違って、自分一人の地道な努力だけでは伸ばすことが難しいんです。

 

もしも今後の大学入試の英語において、「話す」能力を問う設問の比率が高まるならば、幼いころから英会話教室に通っている人や帰国子女が断然有利になってきます。

それって、そういった機会に恵まれなかった人たちからすれば、不公平ですよね。

 

今までの大学入試の醍醐味って、「海外経験が一切ないけど、中学から地道に努力して単語や文法を学んだ結果、大学入試の英文和訳をスラスラ解けるようになった受験生」が存在する一方で、「英語がペラペラだけど、単語や文法の勉強をサボった結果、英文和訳が解けなくて苦しんでいる帰国子女」が存在することにあったわけじゃないですか。

 

どんな環境の人でも、正しく努力さえすれば点数を取ることができる現行の大学入試制度に何の不満があるんですか?

現行の大学入試制度に「努力ではどうにもならない要素」を増やしても、受験生間の格差を増やすだけだよ。

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大学入試制度じゃなくて、大学教育そのものを変えろ!

今回の記事では、「現行の大学入試制度をわざわざ改革する必要がないと思う3つの理由」について解説しました。

  • 現行の大学入試は公平だから
  • 現行の大学入試は客観的な評価基準があるから
  • 現行の大学入試は、正しく努力さえすればだれでも結果が出せるから

 

という理由で、僕は現行の大学入試制度を改革する必要がないと思っています。

 

むしろ、大学入試ではなく、大学の教育システムを改革するべきです。

はっきり言って、現在の大学生の大半は、勉強や研究のためではなく、卒業単位を揃えて、就職するために大学に通っています。

いわば、大学の「就職予備校化」ですね。

僕もそのうちの一人だったので強く否定できませんが、大学とはやはり、「自分が夢中になれる専門的な学問を勉強する場所」だったなと痛感しています。

 

文部科学省のおっさんへ。

本当に社会で活躍できる人材を育成したいなら、大学入試じゃなくて、大学の教育のシステムを変えようよ。

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